1日1組限定!元ホテルマンがアート作品ホテル「A&A リアム フジ」を体験

岡山県に2度目の緊急事態宣言が発出される前の3月、建築家とアーティストがコンセプトから手がけたホテル「A&A リアムフジ」に宿泊してきました。1棟貸しなのでこの時期にも安心です。

元ホテル勤務で様々なホテルを巡ってきた著者にとっても、今回の滞在はとにかく予想外の展開だらけ。ジャングルジム的な立体迷路というか、はたまたレゴブロックのような世界というのか。滞在した人だけが体感する「日常を見直すきっかけとなる、非日常の体験」について、その一部を公開します。
掲載日:2021年05月31日
  • ライター:小池香苗
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アート作品に泊まれるホテル「A&A リアムフジ」(A&A LIAM FUJI)は、岡山県立美術館やオリエンタル美術館をはじめ、岡山市中心部でアートが点在するまち、天神町エリアにあります。

通過点ではなく、もっと多くの方々に岡山に滞在してもらいたい。そんな想いから岡山発、アーティスト&アーキテクト(建築家)が一つの作品をつくる「A&A」プロジェクトがスタートし、その第1弾として2019年10月、二つの宿泊施設がオープンしました。「A&A リアム フジ」はそのひとつ。滞在する人自身が「迷いながら思索する」という特別な空間を楽しむことができるホテルです。
アクセスは、岡山駅から路面電車・岡山電気軌道で約5分。ホテル最寄りの「城下」(しろした)電停で下車します。電停から階段で地下道「しろちか」へ降りるアプローチにもアートが効いていて、レトロな風情があります。
地下広場は大きな交差点の下に広がり、噴水は岡山市民の癒しのスポットでもあるんです。
音、色、まちの香り。まずここで五感を刺激して旅を始めましょう。
地下広場「しろちか」から、様々な文化施設へ向かうルートが4方向に出ています。
施設は美術館のほか、演奏会やコンサートが開かれる岡山シンフォニーホール【写真】や岡山市民会館など多数。県外から訪れる方も多く、岡山の芸術文化に触れる入り口のような場所です。

ホテルは、美術館方面の階段を上り徒歩1分ほど。ギャラリーやレストランが並ぶ通りを進むと、ユニークな形の建物が見えてきます。
「A&A リアムフジ」(LIAM FUJI)――その唯一無二の外観に、アート好きでもそうでなくても、出合えばきっと立ち止まるのではないでしょうか。

この数式にはどんな意味があるのだろう、ブロックが積み上がったようなこの建物の中はどうなっているのだろう。疑問と興味がふつふつと湧いてきます。
建物の真裏に位置する外階段を上ると、建物の中間、中2階に玄関があります。鍵はなく、メールで通知されたパスワードを、玄関扉のタッチパネルで操作。暗号で入室する感じ、謎解きのはじまりのようで期待が高まります。
「A&Aリアムフジ」は、NYをベースに制作を行うアーティスト リアム・ギリック氏と、東京 渋谷のTRUNK HOTELも手掛けた日本の建築設計事務所 MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIOの両者によって誕生しました。

リアム氏は、20世紀半ばに地球温暖化について数学や科学を通じて分析・理解を促した気象学者 真鍋淑郎(まなべ しゅくろう)氏の活動に敬意をもち、この宿泊棟を真鍋氏へのオマージュとして位置付けました。マウントフジアーキテクツスタジオは、そうした視点を社会の確信を揺らがせ思考させる「迷い」のきっかけとして捉え、建築デザインに落とし込み、立体的で複雑な経路網が折り畳まれた「迷いの空間体」を誕生させました。
玄関は、異空間への入り口でした。
想像を超えた、驚きの内部。玄関から、いきなり寝室が見えます。トレジャーボックスに迷い込んだような不思議な気分で、いざ中へ。
マスクをしていても心地よい木の香りを感じます。
整然と積み重ねられた巨大な木壁フレームにより構成された複雑な空間。それが360度広がる世界に時々方向が判らなくなります。
建物内部は、巨大な木の板が複雑に交差した圧巻の光景。この宙に浮いたような造り、一体どうなっているのでしょう。

壁面の木は、岡山県北部 真庭産ヒノキを使ったCLT(※下記参照)という建材とのこと。このCLTが田の字型に組まれ、1階+中2階+2階に田の字が3段積み上がっている構造です。板の厚さ、頑丈さがすごい。巨大な1枚板は、7層構造になっていました。

※CLT=直交修正板という、板の木目が層ごとに直行するように重ねて接着した厚型パネル
数式が書かれたカラフルなフレームが導線を彩り、木の空間を際立たせていました。

リアム氏は、真鍋氏が導き出した「温暖化」に関する研究だけでなく、気象学的方程式のエレガントな数式そのものにも魅せられ、デザインに反映させたそうです。

確かに、見たことのない記号も含んだ数式は、それ自体がとても美しく見えました。
このホテル滞在は一筋縄ではいかないと、徐々に感じてきました。デザインは確かにシンプルに見えますが、移動が複雑なのです。

その理由は、扉がないこと。
同じフロアに4つある空間を行き来するにも扉がないため、私たちが壁を乗り越える必要がありました。
建物は2階建て。内部は1階+中2階+2階の3層になっていて、壁を越えるには、木の階段と、時々、鉄のハシゴを使います。
私たちは滞在中、身体を使って上下、右往左往して、この三段構造の中を動き回ることに。アクション映画で、こんな展開ありますよね?
同行した母は「最初は修行みたいだったけど、すぐに目的地に着けないからこそ、先読みして考えて行動する機会になった。いい運動にもなったわ」と話していました。
水道は、2階のキッチンと、1階の洗面所にあります。
迷路を巡るように迂回を楽しみながら、目的地へ向かいます。
1階の洗面所の一角に、バスルームとトイレも位置します。
しかもそこは玄関からは一番遠い場所にあるので、行くまでに山越え谷越え。早めの行動をおすすめします。
自然光が差し込むお風呂に辿り着くと、充実したアメニティの中に真庭市の工房で手づくりされた石けん「MATSURIKA SAVON」もありました。

自然の恵みを形にした身体に優しい石けんは、以前、私おすすめの岡山の逸品記事で紹介したことがあります。心地よい香りと泡立ちを、ここでも堪能できました。
洗面所のすぐ隣は、もう一つの寝室でした。
扉がないので、スパイダーマンのように壁を飛び越えたいところですが……。とにかく、2階より移動距離が近そうな1階のベッドで寝ることにします。
ここにはテレビはありません。
滞在をじっくり楽しみ、思索する環境が整っています。柔らかな照明と、窓から差し込む月明かりに包まれ、入り組んだ構造体をベッドから見上げて眠りました。
A&A リアム フジでの滞在は、立体模型に自分で導線をひいていくような貴重な経験でした。

移動が複雑だからこそ、できるだけ行動をムダなく効率的にすべく、段取りを考えて行動をしていた気がします。現代の便利すぎる日常から一旦離れて、合理的、機能的、……それだけでいいのか、ふと立ち止まって考えるきっかけになりました。
「巨大な分厚いCLTを田の字に組んだフレームを三段積み上げた」という構造の説明を見ても、滞在前はピンときませんでしたが、ホテル担当の阿部さんに詳しく教えていただくとよくわかりました。改めて建物の外と中を探検すると、確かにフレームが「ズラしながら三段」積み上がっていました。
晴れの国岡山の青空も映える、レイヤーを重ねたような美しい構造。唯一無二の設計とデザインに、圧倒されました。
ホテル界隈は新旧さまざまな建物が点在し、まちを巡るだけでも楽しいので、岡山のアートな一角をぜひ歩いてみてください。周辺のおすすめアート作品をいくつかご紹介します。

岡本太郎氏の作品

岡山駅をよく利用していた方には、この作品に見覚えがある方も多いのでは。
改装前の岡山駅東口側、待合スペースに飾られていた、岡本太郎氏の陶板レリーフ『躍進』。

現在は、岡山の放送局・RSK山陽放送の新社屋「RSKイノベイティブ・メディアセンター」のエントランス前に移設されています。建物1階には総ヒノキ造りの能舞台も作られました。こちらも、お目見えの日が楽しみです。

リアム・ギリック氏の作品

最寄駅の地下道「しろちか」から、空に向かって突き立っているシンボルタワーのカラフルなデザインは、岡山芸術交流2016のアーティスティックディレクターであり、ホテルデザインに関わったリアム・ギリック氏の作品『多面体的開発』。

まちに溶け込む作品を認知すると、これまで見慣れていた風景も、改めて新鮮に映ります。

前川國男氏の作品

存在感のある外観に圧倒される『天神山文化プラザ』。ここは岡山県民の身近な芸術文化活動と文化情報発信の拠点であり、岡山県庁のデザインも手掛けたモダニズム建築の巨匠・前川國男による設計です。

屋上庭園、ピロティ、吹き抜けレリーフなど、当時のモダンなデザイン手法が随所にみられ、建築好きも多く訪れています。

滞在後記

このシンプルで複雑なホテルで身体と頭をフル回転させた翌朝は、家族皆が達成感でとても爽快な気分でした。旅を終えてからも、興味と疑問が次々と湧いてきます。
ホテルを手がけたアーティストとアーキテクトの「迷いながら思索する」という意図に、まさに、はまっているのかもしれません。

アート作品に泊まるということは、芸術鑑賞と同様、きっと個人個人で感じ方が異なるのだと思います。これは、一個人ライターが感じた滞在記です。皆様独自で体験いただくきっかけ、手がかりの一つになれば幸いです。
【ミシュランガイド京都・大阪+岡山 2021】
宿泊施設<ホテル>4パビリオン獲得
※岡山県のホテルで唯一4つ星
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