宮下酒造株式会社
宮下酒造株式会社は大正4年(1915年)に玉野市で創業した後、酒造りに適したよい水を求め、昭和42年(1967年)、岡山市に全面移転。岡山県三大河川のひとつ旭川の伏流水を仕込み水として活用し、日本酒、焼酎、地ビール、リキュール、ウイスキー、ジン、ウォッカなど幅広い酒類を自社で製造・販売してきました。代表銘柄の一つ清酒「極聖(きわみひじり)」は全国新酒鑑評会で岡山県下最多の金賞受賞数を誇るほか、中国地方では初めての地ビール「独歩(どっぽ)」、さらにウイスキー製造免許を取得し「クラフトジン岡山」や「シングルモルトウイスキー岡山」を発売するなど、他社に先駆けて時流の変化に合わせた酒類を次々と発表。平成29年(2017年)にはレストランやショップを併設した観光酒蔵「酒工房独歩館」をオープンし、来館者は年間約6万人を記録。酒類の企画製造販売にとどまらず、地域の観光振興にも大きく貢献しています。
~日本酒から地ビールへ~「限りなき挑戦」のはじまり
「当社は様々なお酒を製造していますが、もともとは日本酒のメーカーです」。そう話すのは代表取締役社長である宮下晃一さんです。創業当時より岡山県で優秀な酒造技術を伝承する備中杜氏が酒造りに携わっており、甘口が主流の岡山で、あえて辛口の日本酒を醸造。なかでも代表銘柄「極聖」は、数々の受賞歴を持つなど県内外で高い評価を得ています。しかし、国内の日本酒需要は1970年代にピークを迎え、徐々に減少傾向へ。そのことを重く受け止めた同社は新たな分野・地ビールの製造へ踏み出します。折しも平成6年(1994年)、酒税法改正による規制緩和があり、大手企業でなくてもビールの製造が可能になりました。そこで、ビールの本場ドイツに視察に訪れ、原料や機械を輸入。醸造技師もドイツから招き技術指導を受け、試行錯誤の末、平成7年(1995年)7月、全国で9番目、中国地方で初の地ビール「独歩」が完成します。
「独歩」の躍進
地ビール「独歩」の誕生は県内外で大きな話題となりました。また、他社に先駆けて全国展開したため平成8年(1996年)から約2年間、地ビールとしては全国一の製造販売数を記録。ちなみに「独歩」という名前は新聞紙上で公募し、約3,000通の中から選ばれたものです。「この名前に決定したのは、日本のマイクロ・ブルワリーとして独立独歩の精神でビールを醸造しようという我が社の心意気が表現されていると感じたからです。味も、当時主流だったあっさり飲みやすいものでなく、あえてコクのあるビールに仕上げています」と宮下さん。この結果、平成9年(1997年)には同社で最高の売上高を計上。しかし、日本経済の衰退にともない、地ビールブームはまもなく終焉を迎えます。その後も、何か新しいものをと岡山特産のマスカットや白桃を使った発泡酒の開発や、カカオを副原料にしたチョコレートの発泡酒、梅酒やリキュールの製造など地道に商品開発を重ねました。
岡山県産にこだわったウイスキーを製造
転機となったのは2007年(平成19年)、「ビア・スピリッツ オールド独歩」の製造です。このビア・スピリッツ(ビールの蒸留酒)は、独歩ビールを、同社が焼酎づくりで培った技術を使って蒸留し、樫樽で約5年熟成させたもの。国内では初の試みであり、これがウイスキー造りへつながっていきます。そして、2011年(平成23年)、ウイスキー製造免許を取得。当初は焼酎の蒸留器でウイスキーを試作しましたが、2015年(平成27年)ドイツ製のポット・スチル(単式蒸留器)を導入し、雑味成分を取り除く銅の働きを利用してクリアな味わいを引き出すことに成功しました。材料には岡山県産の二条大麦と旭川の伏流水を使い、低温で長時間発酵させる日本酒の技術を採用。これまでの技術を集結させたウイスキーは、シェリー樽やブランデー樽、国産ミズナラ樽などで3年以上熟成した後、2017年(平成29年)、「シングルモルトウイスキー岡山」として完成します。
国内初!国産のクラフトジン
ウイスキーの製造は同社の酒造りにさらなる広がりをもたらしました。続いてオランダ生まれの蒸留酒「ジン」の開発に着手します。「国内で製造例はなく、まったくゼロからのスタートでした」と当時を振り返る宮下さん。海外のレシピを参考に試作するもののうまくいかず、ある日、「うちの米焼酎をベースにしてみたら」という会長の意見を取り入れたところ、味がガラリと変わったそう。さらに岡山県らしさを出すために、白桃やピオーネ、パクチーなど14種類のボタニカルを加え、仕上げに樽の中で数か月熟成。そして2016年(平成28年)完成した「クラフトジン岡山」は通常のジンにはない木の香りと米焼酎の甘味が特徴の国内初のクラフトジンとして大いに注目を集めました。
観光酒蔵・酒工房「独歩館」のオープン
また、商品開発と並行して、長年同社が温めていたのが「観光酒蔵」の建設です。宮下さんによると、「常設的に岡山の魅力的な酒文化と食文化を伝える場を設け、顧客と接点を持つ中で満足度アップも目指したかった」とのこと。その第一歩として2014年(平成26年)、イオンモール岡山へアンテナショップを出店。その後、自社敷地内に観光酒蔵の建設を決定します。2017年(平成29年)6月、レストラン&パブとショップを併設する「酒工房 独歩館」がオープン。同施設は瀬戸内の新鮮な魚をはじめ地元食材をふんだんに使った料理と共に、地ビール、日本酒、ウイスキーなど同社のお酒を存分に楽しめるのが特徴。JR山陽本線の西川原・就実駅から徒歩数分と立地も良く、併設のショップでお土産を購入したり、工場見学(要予約)もできるため、国内外の観光客が平均して年間約6万人訪れているそうです。
伝統を守りつつ新たな酒文化の創造を続ける
同社がこれまで製造したお酒は900種類以上。ワイン以外はすべて自社で製造しており、最近では令和6年(2024年)、「独歩」の缶ビールを2種類発売(ゴールデンラガー、ホワイトエール)。副原料に岡山県発祥の酒米・雄町米を採用したり(ゴールデンラガー)、ラベルに桃太郎と赤鬼をデザインするなど岡山らしさを前面に押し出し、想定の2倍以上売れているのだそう。今後について宮下さんは「岡山駅ナカの商業ビルに角打ちスタイルの新たな店舗をオープン予定です。また、健康をキーワードに抗酸化作用のあるソフトドリンクも開発中です」と、まだまだアイデアは尽きない様子。伝統ある酒造りをベースに、時代の変化やニーズをいち早く察知し、郷土の素材やサービスを取り入れた新たな商品やサービスを次々と世に送り出している宮下酒造。社是である「限りなき挑戦」を体現し続ける同社の動向に、これからも目が離せません。